毎日90万部の華字紙が売れ、700万人いる華人の90%が華語小学校に通う国。マレーシアを華人から見るとそうなる。マレーシアは中国・台湾と香港・マカオを除けば最も中華文化の残存する地域だろう。しょせん新聞総部数の3割、人口比の4分の1にすぎず、マレー人に劣る出生率で、この先人口比の相対的沈下を危惧する声も ある。しかし、華僑三宝と言われる華字紙、民族語(華語)教育、それらを支える会館などの華人組織が存続するために、十分な絶対数ともいえよう。
なぜ彼らは「中国人らしさ(チャイニーズネス)」を維持しているのか? 理念的にはハーバード大のTu Wei-Ming言うところの「Cultural China(文化中国)」に、プライドとアイデンティティを感じているからに相違あるまい。では、実践的には中国との関係はどうだろう。前述の華語初等教育が準公立校で行われる他、華語中等教育は私立校、華語高等教育もペナン韓江、スランゴール新紀元、ジョホール南方の各学院や私立ラーマン大などで行われている。こうした華人系カレッジが開校する80年代以前は、マレーシア華人の高等教育を担っていたのは台湾の大学で、現在でも 旅台(台湾帰国留学生)連合総会は華人組織の中でも有数のロビー団体である。また、留学後にそのまま台湾の大学で働くマレーシア華人も少なくない。中国大陸への留学生が増えて来たのは最近のことで、帰国留学生団体もできはじめたが、華人社会への影響力の点でまだまだ台湾留学組を凌駕するには至らない。
しかし、中国研究を行う国立大学はマラヤ大のほか、プトラ大など増えており、前記の華人系カレッジの研究者も含め、けっこうな数に及んでいる。まだ実績はないものの、マラヤ大中国研究学部の博士論文は中国語でも受け付けることになったようだ。
去る8月にマラヤ大、中国武漢大共催の「中国文学の伝播と受容」という国際シンポジウムがマラヤ大キャンパスで開催され、100名近い研究者が集まった。うち、台湾からの発表者が4名だったのに対し、内モンゴル、新彊から武漢、広州まで、中国全土から50名以上の発表者が押し寄せた。これはマラヤ大主催者側に北京大学に留学経験のある教員が含まれていたせいもあるだろうが、マレーシアで中国人学者の声がどのように響くかちょっとした見物だった。
総じて華人は中国古典研究セッションでは神妙だったが、世界華文文学など、マレーシア華人の文化や歴史については誤解や資料不足を質す厳しい意見が飛んだ。筆者も張愛玲派のマレーシア華人作家について報告を行い、文化中国を突き詰めるとマレーシア国内で乖離する旨を指摘したが、台湾留学中のマレーシア人から、華人が中華文化を追求してどこが悪いのかという反論があった。
中国の経済大成長で、華人をブリッジとして利用しようする戦略はどこの国でも見られるが、世界の二大成長センター、インドと中国の両エスニックグループを国内に抱えるマレーシアでも、反共=反中国というイデオロギーはだいぶ薄れたように思われる。華人はこれまで国内の民族間でチャイニーズネスを強調したが、中華圏との間で同じように差異化するのは当然困難だ。中国の過大な影響を警戒するのは台湾派に限らず、実は華人自身なのだろう。