澤井志保 (東京外国語大学大学院生、香港中文大学大学院)
現在のインドネシアにおいて、「文学コミュニティ」といわれるグループが多く存在し、活発に活動している。「文学コミュニティ」とは、文学に直接的または間接的にかかわる活動を行うために、複数の個人によって、営利を主要目的とせずに形成されたグループのことを指す。
このような文学コミュニティは、植民地時代から、文学を集団的に享受する集まりとして、現在インドネシアと呼ばれる地域に存在しており、独立運動時においては、人々が「国民としての主体性」を想像し獲得していくプロセスにも深く関わることとなった。しかし、1990年代以降をめどとして増加している文学コミュニティにおいては、参加者の知識人的特権性と、文学の享受を通して立ち上げられる国民的主体性のあり方について変化が見られる。たとえば、中間層と大まかに分類される範疇と総数が大幅に拡大したことに加え、権威主義的政権の終焉によって言論統制が緩和され、出版業が活性化したことで、文学を享受する層のすそ野が、知識人層を超えて大きく広がった。さらに、メディア・テクノロジーの普及による情報伝達の高速化と、移民労働や留学、旅行などの目的のための海外渡航人口の増加により、以前よりずっと広範囲な階層の人々が、国境や国籍、国語を実体的ないし仮想的に越境しながら、宗教、職業、エスニシティやジェンダーを基軸として、より多面的な文学的主体性を立ち上げるようになった。このような例のひとつが、海外に支部を持つ文学コミュニティや、外国を舞台としたイスラム系ポップ小説ジャンルの出現である。また、ゲイやストリートチルドレン、移民労働者女性等の社会的マイノリティが、文学実践を通して多彩な社会表現を行っている状況からも、近年のインドネシア語文学においては、特定の国民的主体性を提起するのみならず、むしろこれについて問い直し、再解釈する可能性を見てとれる。
そこで当発表においては、香港在住のインドネシア人女性家事労働者によるイスラム系文学コミュニティを取り上げ、上述のような社会的変化が、インドネシア語文学にどのような意味を付与し、国語文学研究の新しい射程を示唆するのかについて検討する。そのために当発表では、この文学コミュニティの活動形態の内容と参加者の執筆したテクストの両方から、文学的主体性の読み取りを試みる。たとえば、当コミュニティ参加者は、インドネシアでは多数派でも、香港への移民によって、宗教、エスニシティ、経済力の上で少数派になることで、現地の社会的文脈において新たな主体性を交渉することになる。そこで、コミュニティに参加することでムスリム女性としての連帯を実現し、互いの作品を批評し合って文章力を向上させることで、労働者ではなく、著者になろうと努力し、さらにテクストの中で家事労働者への搾取や文化的抑圧について批判することで、現地社会での自分の位置を分析する。このような文学の享受プロセスの観察により、現代における国語文学とナショナリズム、そして文学的主体性のかかわり方について考えたい。
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