岡田知子(東京外国語大学)
社会経済の復興・発展途上にあるカンボジアでは、文学はいまだ模索状態にある。本発表では、大量消費される恋愛小説、文学賞応募小説・投稿詩の社会的役割、ポスト・ジェノサイド文学の出現の3点に焦点をあてて概観する。
カンボジアでは長らく続いた内戦が終結、1990年前後を境に急激な社会変革が始り、1993年にカンボジア王国が誕生した。法律上、言論の自由が認められるようになり、多くの新聞、雑誌が発行され始めた。そこには伝統的価値観に沿った恋愛小説が掲載される一方、直接的な性愛描写を入れるなど、それまでのタブーを破った小説には、新しい価値観や解放感が読み取れる。
現在まで職業作家として活躍しているのは、2名の女性作家、マウ・ソムナーン(1959-)、パル・ヴァンナリーレアク(1954-)であり、書き下ろしの単行本を次々と出版している。いわゆるフォーミュラ・ロマンスである一連の作品群では、洒落た文体や難解な語彙を使用せず、強い政治的主張、痛烈な社会批判はない。同時代の都会を舞台に、富裕層の生活スタイルがふんだんに盛り込まれており、わかりやすい筋立てで展開も速い点が読者をひきつけている。体現化された美徳としての若さと美貌を備えた女性主人公は、「純潔を守る」という伝統的性規範を踏襲しているが、それはカンボジア人女性のアイデンティティとして再評価されている。同時に女性の行動領域の拡大、親子関係のありかたなどに新しい価値観が見られる。ただどの作家も「作家は教育者」という立場は崩しておらず、作品は娯楽のためだけではなく若い女性のための規範書としても読める。
一般人が実名で社会に訴える場がまだ少ないカンボジアでは、文学賞への応募短編小説や新聞雑誌の投稿詩が、一般人の意見投稿としての役割を果たしている。動物や神々を登場人物にして風刺的に貧困、汚職、伝統崩壊、遺跡盗掘など社会・政治批判したものが多い。特に詩は、紙幅をとらないことから掲載の機会が多く、またそれぞれ決まった吟唱法を持つ伝統的な定型詩で書かれることにより、読者も容易に感情を共有できることができると考えられる。
ポスト・ジェノサイド文学とは、ここではポル・ポト政権時代の人民の苦しみを物語った小説や個人体験を綴ったものとする。前者は、1980年代の社会主義リアリズム小説に類似しており、ポル・ポト政権崩壊の記念日を冠した「一月七日文学賞」の受賞作品にその特徴が見られた。後者については、ディアスポラによって書かれた作品を、カンボジア語に翻訳し、出版したものが圧倒的に多い。現在でもクメール・ルージュの国際法廷での審議は続いており、国内での公的な評価が定まっていないためか、国内のカンボジア人による作品はまだ少ない。その中でも、たとえば一般庶民による記録である『地獄の一三六六日間―ポル・ポト政権下での真実』(オム・ソンバット著)では、当時の悲惨な体験が生々しく描かれる一方で、強制労働の末、完成した水利施設に感動するなど、一概に「ポル・ポト政権の圧制での被害」だけを訴えているものではない。
カンボジア人ディアスポラからのカンボジア国内のさまざまな文学、文化活動に関するコミットメントも少なくない。それはインターネット・ラジオを通した情報発信にはじまり、文学研究者、作家、映像作家、舞踏家、音楽家など幅広い分野にわたっている。
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