青山 亨(東京外国語大学)
東南アジア研究の歴史を振り返ってみたとき、文学の研究は、その一角において、もっとも大きな流れでこそなかったかもしれないが、確固たる位置を占めてきた。東南アジア研究における文学研究は、文学固有の問題群を分析する試みであったばかりではなく、文学を通して東南アジアの社会を理解するための探求の試みでもあった。けだし文学は社会的な存在である人間の創造物であり、言語というコードの共有と読み手の存在を前提とする以上、これは当然のことであろう。インドネシアの作家プラムディヤは、文学の理解は人間の理解である、と述べているが、まさに東南アジアの文学研究は、文学を通じて東南アジアの社会、そこに生を営む人々を理解しようと努めてきたのである。
このことは、社会の変化に応じて文学、そして文学の理解もまた変化していくことを意味している。20世紀において、東南アジアの多くの地域が列強の植民地支配のもとにあったころ、あるいは、第二次大戦後に独立を達成し国民国家の建設に全力を尽くしていたころ、あるいは、東西冷戦を背景にした戦乱の渦中にあったころ、文学が文学としての使命に真剣に向け合おうとすればするほど(そのことと作品の価値とは別のものであるし、作品がどのように表現されるかは個々の文学者の意識に委ねられるものであるが)、作品には、近代化、国民統合、抗戦といったその時代の社会的なプロジェクトの潮流が直接的あるいは間接的に反映することとなった。対する文学の研究もまた、文学作品の研究を通じて、社会の有りようとその来るべき変化の方向を読み取ろうとしてきた。
今日、おおよそ1990年を境として、東南アジアの多くの地域において新しい社会的、政治的な変化が生じつつあることは、否定できないであろう。ベトナムにおけるドイモイ政策の開始、マレーシアのペトロナス・ツインタワーに象徴される経済発展、アジア金融危機に端を発するインドネシアのスハルト政権の崩壊とそれに続く民主改革は、これらの変化を示す代表的なできごとである。これらの動きを端的に言いあらわせば、冷戦的イデオロギー対立の衰退、市場経済の進展と都市中間層の台頭、本格的なグローバル化による人、もの、情報の過剰なまでの越境、に集約できよう。
社会の新しい動きに呼応して、東南アジアの文学のなかには、内容あるいは形式においてこれまでの文学とは一線を画す動きが現れつつあるようである。むろん、具体的な作品のあり方は、それぞれの地域固有の力学によって、あるいは、文学者の意思によって、多様な形をとることになろう。しかし、にもかわらず、そこには今までにない胎動が通底していることを感じることができる。また、過去の文学に対しても、新しい視点から読み直されることによって、新たな評価が下される動きも生じている。このような東南アジアの今を前にしたとき、東南アジア文学の研究者には、21世紀にふさわしい新しいアプローチが要請される。
より個別的な問題群としては、1990年前後という区切りがはたして文学の場でも区切りとして機能しているのかどうか、もしそうだとしたら、その前後の変化のあり方として、いわゆる「大きな物語」から「小さな物語」への転換という理解が当てはまるかどうか、といった論点も取り上げられることが期待される。
このシンポジウムでは、東南アジア文学の今を取り上げ、インドネシア、マレーシア、ベトナム、タイ、カンボジアの文学の研究者に報告をしていただくとともに、東南アジア地域の文学の立場からと、地域を離れた文学の立場からそれぞれコメントをしていただくことによって、東南アジアの文学の今を考えていくことを狙いとしている。この機会に、東南アジア現代文学の眺望を示すことができれば幸いである。
(2008.1.5 ver3)
趣旨説明では、一つの仮説を立てています。それは、東南アジア全体でおおむね
1990年頃を境として、社会に大きな変化がおこった。それを反映して、新しい文
学作品に、あるいは過去の文学作品に対する評価に、変化が起きたのではないか、
というものです。また、付随して、その変化の一面は、それまでの「大きな物語」
から「小さな物語」への移行、と言えるのではないか、という仮説も立てていま
す。
社会的変化を示すメルクマールとしては:冷戦的イデオロギー対立の衰退、市場
経済の進展と都市中間層の台頭、本格的なグローバル化による人、もの、情報の
過剰なまでの越境、といったものを挙げました。
この仮説に関連して、これまでの議論の中から、東南アジア文学における(ポス
ト)コロニアル性をどうとらえるか、という視点が重要であるという指摘があり
ました。とすれば、たとえば、東南アジア文学の(ポスト)コロニアル性が、グ
ローバル化を経てどのように変化したか、といった点などが見えてくれば興味深
いと思います。
また、国境というボーダーを超えた、広い言語圏の形成がある、という指摘もあ
りました。今回の発表題目を見ても、香港在住のインドネシア人、国境を越えた
中華文学圏、在米ベトナム人作家、グローバル化するバンコク、カンボジアのディ
アスポラといったサブ・テーマが想像されてきます。
むろん、発表の中心は各発表者の研究テーマとなりますが、発表内容および要旨
には、これらの点にも触れていただくたく思います。
とくに、冒頭にあげた仮説は、シンポ全体をゆるくまとめる「しつけ糸」のよう
なものですので、自分の地域では、1990年よりも前だとか、そのようなそもそも
変化は起こっていない、という否定的な結論でもまったくかまいません。ただ、
その場合には、なぜそのような事象となっているのかを、根拠をもって示して頂
ければ幸いです。
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