« 早稲田大学21世紀COE 国際シンポジウムのご案内 | | 2005年10月関東地区例会報告要旨その2 »

2005年10月関東地区例会報告要旨その1

2005年10月の関東地区例会の報告要旨をお届けいたします。
(10月は2人の方に御報告を頂きましたので、それぞれ別にお送りします)


*****************************************************
東南アジア史学会関東地区10月例会
2005年10月22日(土)
於:東京大学赤門総合研究棟849号教室
参加者:25名
報告者:篠崎香織(ルクセンブルグ欧亜人文社会科学研究所マレーシア孝恩文化基金
ジョイント・キャンパス計画客員研究員)
題目:地域秩序の構築と定住者:20世紀初頭のペナンにおけるナショナリズムの諸相
コメント:弘末雅士(立教大学)

[報告要旨]
 ナショナリズムは一般的に、ある領土に結びついた同胞意識を共有し、一致団結し
て植民地主義に抵抗し、それを打倒して自前の国家を獲得する運動と理解されてい
る。マラヤ地域で大規模な抵抗運動としてほとんど唯一挙げられるのは、1948年のマ
ラヤ共産党の蜂起である。共産党を中心とした左派は、マレー人の特別な地位に一定
の理解を示しつつ、全ての人に平等な公民権を主張した。だがマレー人は非マレー人
の公民権取得をマレー人の権利を奪うものと反発し、華人とインド人は依然僑民意識
が強く、共産党は広範な支持を得られなかったとされている。抵抗運動の挫折は「国
民的」まとまりの欠如ゆえと理解され、エスニックな境界線が明確なマラヤ/マレー
シアのあり方が否定的に評価されることも多い。
東南アジアのナショナリズムにおける華人の位置づけは、「現住民」に危機感を抱か
せその団結を促進し、最終的に排除された存在とされるか、「原住民」に同化してナ
ショナリズムの実現に貢献した存在とされる。一方ペナンおよびマラヤ地域では、華
人という集団性が維持されつつも、社会を構成する正当な一集団として認識され、排
除されなかった。
 華人は植民地税制を支え、それ故に利権を生んで政府と癒着した存在にもなったと
考えられていた時代もあった。しかし政府は序々に華人移民をコントロールし、利権
を持つ華人ビジネスマンの力をそいでいった。この時代は華人コミュニティーと政府
の法に基づいた関係が構築された時代であった。合法な手続きによる政府への請願・
要求・交渉という手法は、マラヤ地域およびマレーシアにおいて引き継がれているよ
うに思われる。
 本報告では以下の3つの可能性を提示する。㈰民族意識の高まりと結社・団体の設
立は必ずしも他者への敵対を示すものではなく、公権力や制度との関係構築や、社会
と公権力をつなぐ代表者の選定をめぐって活発化・強化することがある、㈪既存の国
家のあり方を否定し自前の国家を求める運動も、既存の国家のあり方を受け入れ、そ
れを自身にとってよりよい制度にすべく関わろうとする運動も、いずれもナショナリ
ズムとして評価する、㈫華人を含めた定住者は定住地の秩序と無関係に生きていたの
ではなく、その構築にかかわり、秩序形成に貢献した側面もある。

 海峡植民地ではあらゆる民族に同一の法制度が適用され、手続きを踏めば誰でも海
峡植民地の司法・行政制度を利用できた。ペナンの住民は海峡植民地の制度をかなり
信頼しており、それらを利用して住民同士の紛争を調停することも多かった。また自
分自身にとって制度をより都合のよいものにするために、あるいは制度を逆手にとっ
て、政府に様々な請願・要求を行っていた。
 20世紀初頭にはペナン社会一般に、制度構築・運営に関わろうとして、海峡植民地
やペナン、ジョージタウン市における意思決定の場に代表を送ろうという意識が強
まってきた。ヨーロッパ人で構成されるペナン商業会議所が立法参事会にヨーロッパ
人代表を送り出しているのを見て、華人はペナン華人商業会議所を設立し立法参事会
にペナン華人議員枠を確保しようとした。ペナンのジョージタウンに住むムスリム
は、華人が団体を組織し発言しているのを見て、市政委員会にムスリムの代表を送ろ
うと考えた。またペナンのムスリム全体を組織しうるムスリム協会を設立し、ムスリ
ムと政府を繋ぐ機関を構築する試みや、白人の婚姻登録官にムスリムの顧問官をつけ
るべきだとの要求がなされたりした。華人やムスリムの治安判事の存在を指摘し、カ
トリック教徒ユーラシア人の治安判事も任命すべしとの声も上がった。誰かを排除し
誰かに敵対するためではなく、「あの人たちに与えているものを私にもください」と
いう要求を政府に行うため、「私」が誰かをペナンの文脈の中で認識し、「私たち」
の組織化が試みられ、その存在を政府や社会に認識させようとする中で、民族性の意
識化と組織化が顕著となった。
 この中でコミュニティーの代表をどう選ぶかという問題が持ち上がってきた。多数
決の原理を通じて、コミュニティーが納得する人物を選ぶ試みもなされ始めた。代表
を選ぶ過程で自分達のコミュニティーの構成要素を見直す動きなども見られるように
なった。ペナン・ヒンドゥー人協会では、ヒンドゥー人がヒンドゥー教徒だけでなく
キリスト教徒も含むべきか否かが議論され、誰がヒンドゥー人なのかが新聞紙上で議
論されるに至った。誰が代表にふさわしいのかという問題は、自分たちが何者であ
り、誰が構成要素で、その集団はどうあるべきかという議論をコミュニティー内で活
発化させる背景となった。
 その中で民族横断的な団体も現れた。ジョージタウンの納税者が市政を改善する為
に設立した納税者協会や、海峡植民地におけるペナンの地位向上を目的としたペナン
協会がその例である。

 解放と自立を実現するために、実力行使による既存の制度の転覆を回避できない人
びともいるであろう。一方で、制度にどうアクセスすれば何が得られるかのルールを
認識し、制度とのチャンネルを不断に構築し、自身の意向を制度に反映させようとす
る人びともいる。そのチャンネルが文化的差異に基づく集団ごとに確立されている場
合、集団間の境界線が明確化し、「国民的」なまとまりに欠如しているように見える
ことがある。だがその制度とルールが秩序や自立を保証しうるものであれば、各集団
はそれらの維持に利益を見出し、他集団のことを意識しながらルールと秩序の維持を
共通の目的とするであろう。それによって多様な社会の協調と調和が維持できるかも
しれない。

[コメント]
 インドネシアのナショナリズムは1910年〜1920年代にかけて反植民地主義を発展さ
せてきた。マレーシアの事例は何故違うのか気になっていたため、興味深い内容。外
来系住民がそれ以外の地域とネットワークをつなぐことに注目した。華人・インド人
たちは東アジアや南アジアとのネットワークを構築するのは容易ではなく、東南アジ
アのパトロンとしての受け入れ状況が強調される。ペナンにおける事例をみると、イ
ギリスが海峡植民地を形成して開発した時代。19世紀後半植民地体制確立の時期のせ
めぎあいの時期であると、資料から感じた。外来系住民がナショナリズムの契機とな
ることはよくあるが、これは何故であるかと改めて考えた。(外来系住民は)現地社
会では少数派になりかねない立場として、時代の変化に敏感でなくてはならない。実
際の活動はインドネシアの例では本格的になるにしたがって原住民主導になっていく
ということがみられた。ペナンは、華人が地元の人を引き込んで多数派にする為に活
動してきた経緯が見られる。そして、クリンとヒンドゥー団体がせめぎあう状況もよ
く示されている。ナショナリズムをたたかう、たたかわないにこだわってとりあげる
よりも、移民のせめぎあいの中で丁寧に見ていくと面白いだろう。

[質疑応答]
 辛亥革命や第一次世界大戦時に民族運動が起こらなかったのは何故か?(弘末)→
ペナンの華人はペナンで安寧を確保するために中国の権威を必要としていなかった。
辛亥革命後、ペナンの華人は新政府を熱心に支援したが、それは安全に中国に帰国で
きるよう政情を安定させるためであり、ペナンでの地位向上という動機に基づくもの
ではなかった。第一次世界大戦時、イギリスとトルコが敵対した状況下で、海峡植民
地のムスリム・コミュニティはイギリスへの支持を表明した。その後、海峡植民地政
府はムスリム諮詢局を設立し、両者の関係は強化されたと言える。(報告者)

 今回の発表は植民地のもたらす利潤をエスニシティーでどう分担するかという議論
であったと思うが、ナショナリズムとは反植民地が前提にあるべきであって、今回の
ような植民地の秩序形成をナショナリズムと呼ぶ必要はあるのか?そこにはnationと
いう概念がないから他の用語を使うほうがよいのではないか。(桜井)→ナショナリ
ズムという語を、国家を形成しようとする意識として捉えている。その国家とは現存
する国民国家に限らない。ある国家で特定の民族集団が為政者となっていても、それ
以外の民族集団がその国家を自分の国家であると認識し、その制度の構築に関わろう
とすれば、その民族集団もその国家のnationである。(報告者)

 1)司法制度について、裁判所は誰でも使えたのか。2)代表を送るのは何に対し
てか、受け皿は何か?3)モスクを訪れる人の中に「ヒンドゥー人」とあるが、ここ
で言うヒンドゥー人は誰か?(岡田)→1)法的手続きをふめば誰でも使えた。2)
何に対して代表を送るかは問題の性質によって異なる。ジョージタウン市政委員会や
海峡植民地立法参事会、民族ごとに設置された諮問機関など様々であった。3)先行
研究によると、ムスリムもヒンドゥー教徒も含めた南インド出身者を指すのに「クリ
ン人」や「タミル人」という語が使われたようだが、「ヒンドゥー人」に関しては不
明。(報告者)→クリンはカリンガから来ている言葉でムスリムに限定するのはどう
か。(桜井)→広義と狭義(ムスリムに限定)両方で用いられることがあったよう
だ。(報告者)

 20世紀初頭、政庁に対してものをいうためのチャンネル整備の流れの中で、コミュ
ニティー内部の秩序は変わったか?たとえばイギリスとのかかわり方を利用するもの
があらわれたりするか?(坪井)→本報告の時期においては、チャンネルを整備しよ
うとする人とコミュニティーの主要人物はほとんど同じであった。『檳城新報』と新
たにペナンで発行された中国語新聞がかなり激しい論争をしたことがあるが、中国と
の関係に関する議論がほとんどであった。ペナンにおける華人社会内部の秩序は、本
報告の時期前後10年は、大きな変化はなかったと見ている。(報告者)

 ナショナリズムという言葉を使わない、あるいは新しい定義を与えるほうがよいの
では。(青木)→自前・既存を問わず国家を形成していこうという精神に着目した
い。違う言葉を使うと、違う運動として位置づけることになる。(報告者)

 1)ペナンの政治参加における華人の位置づけを教えてほしい。2)ペナンはマラ
ヤにおいて特殊性を持っていたと思うが、在地の権力が意識されないこの場所をどう
位置づけるのか?(西)→1)華人が先行した運動はあり、活動も活発であったが、
ペナンの状況の中で出てきたものだととらえたい。ペナンの地域秩序にも貢献してい
た。華人は他集団に比べて、制度へのアクセスを得ていた。2)ペナンには在地の権
力はほとんどなく、ペナンがイギリスの植民地であることを承知で来ている人が多
かった。制度にアクセスするチャンネルが民族ごとに構築され、それを通じて政府に
要求を出し、社会における関係性を構築するという点において、ペナンの事例と今日
のマレーシアのあり方に共通性を見出している。だがペナン方式がその他の地域に波
及したというよりは、ペナンで起こったことはおそらくマラヤ地域の多くの場所で、
程度の差はあれ、発生していたのではないかと考えている。(報告者)

 マレーシアのナショナリズムはインドネシアやベトナムのように戦って勝ち取った
ものではないという意味で、ナショナリズムの感じ方の違いを表している発表だっ
た。コロニアルと今の制度の連続性を意識されている気がした。華人は示された資料
からみると他のエスニックに刺激的な存在であったと感じるが、何故他に先駆ける組
織力があったのか。このようなペナンの状況があって現在のナショナルでない状態が
出来上がったのではないか。今日の発表で今のマレーシアの仕組みをペナンに見てい
るのではないかと感じた。(青山)→制度の連続性は意識した。制度をつくってきた
から大きな社会変動がなく、人々の声を届ける体制があって人々が政府とつながる
チャンネルを持っていた。今のマレーシアの仕組みをペナンの中にみているのは指摘
の通りである。華人はかなり制度にコミットしてきたという意味で、今日ある国民国
家形成に貢献してきたといえる。(報告者)

 ペナン華人商業会議所は華人を代表する組織といっていいのか?華人の中でもわか
れていたのでは?(工藤)→主なメンバーはペナン生まれ。イギリス国籍を持ってい
る者や、インドで高等教育を受け英語に流暢な者もいた。だが中国籍で英語が話せな
い人も参加していた。新来移民に対抗すべく、イギリス国籍保持者の団結が図られる
ようなことはなかった。(報告者)

 それぞれのエスニックグループの圧力団体を指摘している点で評価できる。それぞ
れがコミュニティーの言い分を言って対立することはなかったのか?(吉澤)→ペナ
ン協会の場合は、ペナン全体の団結を示すことが有利であると判断した。永遠なる唯
一無二の政治的共同体が形成されることではなく、普段はバラバラでも必要な時に必
要な枠組みの中で協調し合える精神があることを評価したい。(報告者)

ここにあげた以外の点についても参加者の間で活発な議論がなされた。
(文責:上野美矢子・神谷茂子(東大院修士))

*****************************************************

連絡先:関東地区例会委員 國谷徹

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://cgi.rikkyo.ac.jp/jssah/mt/mt-tb.cgi/18

この一覧は、次のエントリーを参照しています: 2005年10月関東地区例会報告要旨その1:

» Discount tramadol. from Buy tramadol online from discount pharmacy store.
Buy tramadol online from discount pharmacy store. Discount tramadol. [詳しくはこちら]