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東南アジア史学会関東部会10月例会のご案内

関東部会10月例会のご案内をお送りいたします。
皆様のご参加をお待ちしています。
今回はお二人の方の報告がありますので、いつもより早く始まります。

日時: 10月22日(土)午後1時より
会場: 東京大学
赤門総合研究棟 8階
    849号教室
本郷の東京大学の赤門を入ってすぐ右手の建物が赤門総合研究棟です。
  そこのロビーを入り、左奥のエレベータで8階にお上がり下さい。
報告1:篠崎香織(ルクセンブルグ欧亜人文社会科学研究所
      (マレーシア孝恩文化基金ジョイント・キャンパス計画) 客員研究員)
題名 :地域秩序の構築と定住者:20世紀初頭のペナンにおけるナショナリズムの諸相
報告2:相沢伸広(京都大学大学院アジアアフリカ地域研究科)
題名 :スハルト体制の対華人政策 ‐内務省編−

参加費:一般200円、学生100円

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連絡先 関東地区委員 奈良修一


報告内容1
篠崎香織 「地域秩序の構築と定住者:20世紀初頭のペナンにおけるナショナリズムの諸相」

 植民地期の東南アジアに関する研究には、解放を実現する枠組みの一つであるナショナリズムの誕生・発展に着目したものが多い。その際ナショナリズムとは、何らかの領土と結びついた共同体意識に基づき、その共同体が一丸となって植民地統治者や「外来東洋人」を排除し、自らの国家を勝ち取った運動と捉えられることが多かった。
 本論はこれに対して20世紀初頭のペナンを事例とし、地域の秩序がどのように構築され、その中で多様な民族の存在が相互にどう認識され、どのような関係性が構築されてきたのかを論じるものである。当時のペナンでは、多様な人びとが民族としての自己主張を強め、様々な結社や団体を設立した。だがそれは植民地統治者や「外来東洋人」を排除する運動には発展しなかった。ペナンの人びとは、ペナンの社会が様々な出自を持つ人々によって構成されていると認識し、その中で自らが重要な存在として認められるよう民族としての自己主張を強め、結社や団体を設立した。そしてそれらを通じて既存の制度への関わりを強め、その制度を自身の望む方向に引き寄せる試みを行っていた。その中でも、ペナンの外からやってきてペナンに定住した者や、すでに数世代ペナンに定住しているがペナンの外に出自を辿れる者の活動が、特に目覚しかった。
 以上ついて植民地文書や新聞を資料として提示し、ナショナリズムの新たな捉え方を試み、さらに秩序の構築という問題に結びつけて議論する。

報告内容2
相沢伸広 「スハルト体制の対華人政策 ‐内務省編−」

 スハルト体制下のインドネシアにおいては、Masalah Cina(チナ問題:華人・中国・中華問題の総称)について、中国語出版物の禁止や中華系習俗・信仰の制限など、数多くの特別政策・法令が施行された。スハルト政権崩壊後、「差別政策」として非難されているそれらの政策が華人社会に与えた影響について、世界的にも広く注目を集めてきた。ただ、そもそもスハルト政権はなぜそのような法令を実施したのか、その目的や政治・経済・社会的背景についても、具体的にはどのような政策が実行されたのかについても、その全体像は未だわからない部分が多い。
 今回は、この問題について1970年代後半から数多くの法令・政策を施行した内務省、とりわけ内務省社会政治総局に注目する。この部局は、国軍機構と並んで、スハルト体制下において政治的安定・治安秩序維持の屋台骨を支えたことで名高い部局であり、共産主義の制圧と並んで、民族間、宗教間、政党間の諸問題噴出の抑制・統制という最も敏感な問題群に豪腕を振るった。なかでも1970年代後半からは、華人の国民への統合・同化の推進担当局として、「全国の町内会を通じた同化政策」など対華人政策の具体的な実行プログラムの運営に中心的な役割を果たした。
 社会政治総局の公文書をもとに、対華人政策について調査することで、内務省がどのような問題としてこの「チナ問題」を扱い、どのような対応策を模索したのかを歴史的に明らかにする。