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2006年4月関東地区例会報告要旨

会員各位

遅くなりましたが、2006年4月の関東例会の報告要旨をお届けします。

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日時:2006年4月22日(土)14:30-
会場:東京大学赤門総合研究棟849教室
報告者:井上さゆり(日本学術振興会特別研究員)
報告題目:「ビルマ「古典歌謡」におけるジャンル形成:創作技法の分析を通して」
コメンテーター:青山亨(東京外国語大学)

[報告要旨]
 本報告ではビルマの「古典歌謡」と言われる「大歌謡(タチンジー、19世紀末に植
民地化される以前の音楽形式で作られた歌謡)」がいかに形成されてきたかを、作品
の側から検討する。18−19世紀ビルマにおける歌謡創作技法の分析の視点から、「古
典」とひとくくりにされる歌謡作品が作られてきたプロセスを見る。
 「大歌謡」を扱った先行研究は1)音楽的側面からの分析、2)ビルマの文学史・歌
謡史に代表されるような古くからの歌謡の作品目録とする見方、3)政治的に形成さ
れた「伝統」の目録とする見方の三点から為されてきた。いずれの議論も大歌謡の範
囲を作品目録として捉えており、個々の作品が歴史的にいかに形成されてきたかは論
じていない。
 本報告では、歌謡集の中身に注目し、作品が相互に引用し合いながら作られている
ことを指摘する。歌謡ジャンルごとに作品を見ていくことにより、創作技法の推移が
見られる。創作技法から歌謡を見ていくことによって、歌謡集の中に創作の歴史を見
ることを目的とする。
 資料(歌謡集)は貝葉写本と刊本を使用する。現在、大歌謡とされるものは、1798
年以降に作品の収集がなされ、1880年代から1910年代にかけて写本の形で分類・整理
され、1920年代以降様々な歌謡集が発行される中でその範囲を強化されてきたもので
あるといえる。
「大歌謡」に含められている歌謡作品は、いくつかのジャンルに分けられる。ジャン
ルによって調律方法、リズム、前奏部分の旋律、終末部の旋律などが異なる。特に弦
歌(チョー)と鼓歌(パッピョー)の作品数が特に多く、本報告ではこの2つのジャ
ンルの創作技法を中心に見ていく。
 同一ジャンルの作品は互いに似ている。部分的な旋律が頻繁に共有されるためであ
る。特に弦歌と鼓歌には「替え歌(同じ旋律を使った別の曲)」が多い。
歌謡作品は作者名のない作品が多く、作られた時期が不明であるが、創作技法を分析
していくことにより、作品間の時間的な前後関係を考えることができる。
 まず、弦歌の創作技法を見る。1)「替え歌」(タイトルに「〜の旋律(アラ
イッ)」とあるもので、ある作品の旋律を利用して別の歌詞を付けた作品の意)、
2)旋律の一部を共有している例、3)引用、借用(同一タイトルによる別作品、そ
の替え歌、同題材の別作品)などの技法が見られる。これらの技法で関連する作品ご
とにグループ分けすると、513篇の弦歌のうち442篇が同系列の作品を持ち、190のグ
ループに分けられる。そして、各グループには歌詞のない作品(演奏の音だけを示し
た口唱歌)が1篇含まれている場合が多く見られた。つまり、歌詞のない作品(口唱
歌)に歌詞が付けられた作品、その替え歌、書き換え、というように、多くの作品が
個別に作られるのではなく、ある作品から派生して別の作品を作っていくという流れ
があったことが想定できる。
 替え歌のパターンを見ていくと、元歌のタイトルと内容に沿った替え歌と、元歌の
タイトルと内容とはまったく異なる替え歌が見られる。大多数の作品は後者のパター
ンである。このことから、タイトルに「替え歌」となくとも、タイトルと内容がまっ
たく異なる作品は、何かの替え歌であると考えることができる。また、タイトルに
「替え歌」とある作品は元歌が現在確認できなくても、元歌の存在を示唆する。歌詞
の多くが「王権讃仰」的な内容であり、類似表現の繰り返しである。ビルマ文学史で
は従来これを社会背景に還元して議論してきたが、この題材はむしろ「規則」に近
く、面白みは他の要素で出そうとしていると考えられる。
 次に、鼓歌(パッピョー)の創作技法を見る。調律技法が変わり、弦歌ほど多くは
ないが、替え歌が見られる。また、既存のものの引用、借用、替え歌という弦歌で見
たものと同じ技法が見られる。弦歌で創作を行っていたウー・サ(1766-1855)とい
う人物が鼓歌でも創作を行っており、ウー・サの作品が各歌謡集の鼓歌作品の三割か
ら五割近くを占めている。  
ウー・サの作品を例に技法を見ていくと、鼓歌作品相互間の替え歌が見られる他、他
の歌謡ジャンルからの引用・部分的な替え歌が見られる。弦歌の替え歌を多く作って
いたウー・サであるが、鼓歌の替え歌はほとんど作っておらず、わずかに作っている
例では、自身の作品の替え歌を作っている。逆にウー・サの作品が他の作者による替
え歌の元歌となっている場合が多い。
以上をまとめると、大歌謡は、個々の作品が独立して作られるのではなく、古い作
品、既存の素材を使用し組み合わせながら作られていたと指摘できる。歌謡集は単な
る作品目録に過ぎないのではなく、創作技法の推移を示し、作られた時代の不明な作
品についても位置づけを示す。
中心的なジャンルである弦歌と鼓歌に注目すると、特に弦歌は、同ジャンル内での引
用を頻繁に行っていた。一方、鼓歌においては、替え歌だけでなく、他のジャンルか
らの引用を頻繁に行い、その他のほぼ全ての歌謡ジャンルから旋律を借りて作られて
いた。
弦歌においては替え歌を多く作っていたウー・サは、鼓歌作品の最も多作の作者であ
るにもかかわらず、替え歌をほとんど作っていない。わずかに作っている例では、自
分の作品の替え歌のみを作っていた。逆に、彼の作品が元歌となり、他の作者が替え
歌を作っているパターンが見えた。
大歌謡の作品においては、既存のものを使用するという創作技法を踏襲しながら、
ジャンルを超えて歌謡創作が続けられていた。歌謡の創作技法を見ることにより、歌
謡集にまとめられた作品の時間的な前後関係、創作のプロセスを見ることができる。

[コメントおよび質疑応答]
コメント(青山):今回の報告は作品群からの間テキスト性を分析対象とした。先行
研究のDouglasはコンテキストから見たが、報告者は作品における内在的な関係を先
にやるという立場であるが、それでクリアになったものとそうでないものがある。第
一に、口承伝承、たとえばホメロス叙事詩など、オーラル・コンポジションの研究成
果を使うとよいのではないか、第二に用語の問題であるが、「替え歌」という言葉は
どうなのか。「〜の旋律」という言葉にビルマ人自身が内在的に持っている認識が消
えてしまうのではないか。なぜビルマ人が「〜の旋律」という言葉を使うのかを考え
た方がよいのではないか。第三にビルマ人が大歌謡を「作品目録」と捉えていること
の意味。第四にウー・サの作品というのは、本当にウー・サが著者なのか。どの作品
にも有名な人の名前を冠するということがあった可能性があるのではないか。
A:オーラル・コンポジションの問題については勉強不足のため今後考えていきた
い。用語の「替え歌」についても、「替え歌」と訳しかえることでこぼれ落ちる概念
やビルマ人の持つ認識があるとは、確かにその通りだと思うので、今後検討していき
たい。ビルマ人が文学史や歌謡史を「作品目録」としてのみ捉えてきたことについて
も、ジャンルに対する認識がどうであったのかを加えて検討する必要があると思う。
また、ウー・サの作品については、残されている貝葉写本の序文に、ミンドン王の命
によりウー・サが25歳から83歳までの作品をまとめて記述したことが書かれているこ
とに基づいている。しかし、大歌謡の作品の大部分が彼の作品になっていることを考
えると、著名な作家として作品に名前が冠せられた可能性も考えられる。

Q:「ジャンル形成」と「創作技法の分析」の間に大きなギャップがあるのではない
か。作品群が持っている構造的な分析と創作技法のプロセスを分けて分析したほうが
よい。創作技法の具体的なものを使いつつ、抽象的な議論にもっていけるとすばらし
い。(青山)
A:作品が持っている構造の共通性と、創作のプロセスの分析の二点を分けて考えた
方がはっきりするという意識は持っていなかったので、今後は、その点を分けて考え
ていきたい。
Q:「歌謡」は一般にどの程度浸透しているのか。
A:一般の人々が全て演奏できるわけではないが、仏塔儀礼や結婚式などの祭事には
必ず演奏されることからも、遠い存在ではない。歌詞は韻文なので、難しいというイ
メージはある(井上)。地方の村に行っても、一人か二人は演奏できる人がいること
からも、人々からかけ離れたものではない(土佐)。
「替え歌」は「歌謡の多様化傾向」とでもしたほうがよいのではないか(奈良)。
先行研究Douglasの、近代が「伝統」を作っていくという議論は古い。なぜ民衆が
「伝統」を受け入れるのか、ある時代のある状況に置かれた人間がなぜシンパシーを
感じるのかを議論すべき(桜井)。
(文責・設楽澄子(一橋大院))

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連絡先:関東地区例会委員 國谷徹

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