シンポジウム
誰がイスラーム政治家なのか
見市 建(日本学術振興会特別研究員)
1970年代以降、世界的に顕著なイスラーム復興現象は東南アジアでも観察されている。特に世界最大のムスリム人口を抱えるインドネシアの再イスラーム化は顕著であり、日常的な挨拶や服装から法制度や国家観に至るまで、さまざまな局面においてイスラーム的規範の重要性が強調され、宗教的シンボルが多用されている。本発表は1998年以降の民主化を踏まえ、インドネシアの政治におけるイスラーム化がどのように進んできたのかを具体的なデータを通じて明らかにする。
1960年代半ばに成立したスハルト体制はイスラーム勢力を非政治化し、宗教多元的な建国五原則パンチャシラを徹底してきた。イスラームの政治的な重要性が脚光を浴びるようになったのは1990年のムスリム知識人協会(ICMI)の設立以降である。1990年代後半には「民主化」の担い手として、逆に体制側に動員される暴力的な存在としてイスラーム政治勢力が注目を集めるようになった。
1998年5月のスハルト体制崩壊後には、イスラームの政治化がさらに明確になった。スハルト体制期には常に6割以上の得票を誇ったゴルカル(職能集団)はゴルカル党として再結成されたが、その得票は2割程度まで落ち込み、少数政党が割拠する多党化が進んだ。1999年選挙には20のイスラーム系政党が参加、現在の国会上位10政党のうち6つはイスラーム系政党である。また地方分権化が進み、支配構造の再編とともに地域的な影響力を持つ宗教指導者の役割が重要になった。民主化と地方分権化の過程においていくつかの激しい地域紛争が起こったが、マルク諸島と中スラウェシのポソでは宗教紛争の色彩を帯びた。さらに2002年以降は国際的なイスラーム急進派によると見られる大規模な爆弾テロ事件が毎年起こっている。
急進派の系譜や地域紛争については詳細な研究が発表されつつある。しかしイスラーム系政党については発表者自身の研究を含めた新興の福祉正義党に注目が集まっているものの、それ以外は概論ないしはミクロな政治構造の研究に偏っている。そもそもイスラーム系政党とは何で、それは1950年代の政党とどのような相違点があり、より具体的にどのような人々がイスラーム政治家になっているのかといった疑問に答える研究はまだない。本発表では国会および地方議会における1999年選出議員5222人、2004年選出議員1808人の社会学的プロフィールを用いて、以上のような疑問に実証的な回答を与える。イスラーム系政党とはいっても、そのイデオロギー的、組織的な性質は実に多様である。また過去数十年にわたるインドネシア社会の広範な再イスラーム化によって、スハルト体制成立当初は反イスラーム的であると見られていたゴルカルも大きな変質を遂げている。世俗的ナショナリズムを標榜する諸政党も視野に入れながら、現代インドネシアにおける政治家とはどのような人々であり、その中でイスラームはいかなる意味を持つのかを考えていきたい。