趣旨説明―華文文学の社会、歴史、文学

| コメント(0) | トラックバック(0)

舛谷 鋭(立教大学)

 

 中国、台湾の両岸および香港・マカオ以外の中国語文学である華文文学の研究は、日本においては1970年代から「左翼文学」として、シンガポール人研究者方修の文学史を拠り所に始められた。しかし方修は「革命文芸のマラヤ化」を示したかったわけでなく、自分と同じ潮州人作家の作品収集から出発しており、結果的に社会主義リアリズムの影響を受けた作品が集められていたに過ぎなかった。生田滋は1977年の『馬華新文学史稿』初版の英訳本(NOTES ON THE HISTORY OF MALAYAN CHINESE NEW LITERATURE 1920-1942)の中で地図上に掲載作家の出身地をプロットし、このことを実証している。

 華文文学の中でも蓄積の厚いマラヤ中国語文学(馬華文学)は、このように華人社会の「史料」として活用されてきた。会館から資金を、民族語教育から読者を、華字紙から発表場所をという具合に、華僑三宝いずれとも関わりの深い華文文学は、確かに華人社会の時代毎の問題意識や、生の声を知るための重要な情報を含んでいた。

 その後、研究傾向は作家個人へと踏み込んでいくが、華文文学は自費や助成金出版がほとんどで、華人社会の著述と出版についての価値感に支えられた様は一世一冊のタイの葬式本さながらで、これらを私小説として読むことも可能である。こうした作家のライフ・ヒストリー分析は、ミクロなレベルで華僑史を補強するものと位置付けられよう。

 その後ようやく、作品についての研究に至るが、本国以外の研究者は中国大陸を含め、相変わらず方修らの資料頼りで、明らかに作品テクストを読まずに書いているケースも見受けられる。数少ない本格的研究者(山東大の黄万華、中山大の朱崇科、後述の旅台馬華作家ら)からは、リアリズムの「誤読」など、個々人の資質について手厳しい評価を受けるが、前述のように日本的「私小説」という捉え方で文学作品としての評価が可能ではないかと発表者は考えている。

 中国大陸では文革後に台湾・香港文学研究から始められた海外華文文学研究だが、その後「世界華文文学」として、比較文学とセットで公式の研究領域の一つとなる。シンガポール・南洋大学の閉鎖(1980年)もあり、居住地域の高等教育から閉め出された華語系華人は台湾に向かい、「旅台」作家として台湾の大学に職を得て、研究執筆を続ける。彼ら(曁南国際大の黄錦樹、元智大の鍾怡雯、国立中山大の張錦忠、台北大の陳大為ら)の作品は台湾原住民文学とはまた違った意味で「エキゾチック」な台湾文学の一部として、王徳威(台湾大)らの評価を受け、ジャンルとして確定する。マレーシア在住の李天葆や黎紫書の台湾での出版や文学賞受賞など、90年代以降の馬華文学は、台湾での評価が一つの指標となっていることは否めない。旅台文学は確かに、華文文学が元々持ち合わせているポストコロニアリティーを有効に活かした作品群と言える。

 こうして、華文文学は華人社会、歴史を知るための「史料」から、文学研究の対象へと移行してきた。本分科会は、日本において数少ない、華文文学を自分のことばで語れる研究者が結集し、現段階での水準を示す最初の試みである。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://cgi.rikkyo.ac.jp/~masutani/mt/mt-tb.cgi/308

コメントする

最近のブログ記事

分科会3 華僑華人文学の過去・現在・未来
0 fals…
趣旨説明―華文文学の社会、歴史、文学
0 fals…
マレーシアの村上春樹
0 fals…