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2006年6月関東地区例会報告要旨

会員各位

2006年6月の関東例会の報告要旨をお届けします。
今回は2つの報告があったので、2回に分けてお送りします。

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日時:2006年6月24日(土)14:30-
会場:東京大学赤門総合研究棟849教室
報告者:中山三照 (大阪観光大学観光学研究所)
報告題目:「タイにおける潮州系華人経営者の倫理功徳と高齢慈善活動」
出席者:13名

[報告要旨]
 本研究題目は、華人系企業グループ及びローカル華人系企業の寄付金による慈善活
動が、華人のビジネス環境と社会的生活環境のバランスサイクル (安定化) を図る上
で、長期的に大きな役割を果たしたことに対する調査研究である。従来の華僑あるい
は華人研究では経営的側面が扱われることが多いことに対比すると、本研究題目は、
居住国であるタイ社会に完全に定着した華人の社会的側面に焦点を絞った研究内容で
ある。更に、タイにおける華人系慈善団体を、「非営利セクター」の視点からノンプ
ロフィット・マネジメントを考察し、日本社会における現状との比較を視野に入れた
調査研究である。
 タイにおける華人の慈善活動には長い歴史がある。古くは1903年、タイ国初の慈善
団体として天華協会 (現天華財団病院) がバンコク・チャイナタウンで設立されてい
る。更に、1910年には、華僑の鄭知勇をはじめとする12名の華僑有志により社会慈善
福利事業の全面的な開拓を目的に報徳慈善協会 (現華僑報徳善堂) が同地で設立され
た。現在、この華僑報徳善堂は、タイにおける最大の華人系慈善団体として多数のボ
ランティアスタッフを抱え、緊急医療・支援活動をはじめとする幅広い慈善活動を
行っている。これら純粋な華人系慈善団体の大きな特徴は、中央政府からの補助金に
一切依存しておらず (華僑報徳善堂グループの華僑病院については、30バーツ政策に
より中央政府から医療費に対する資金援助を受けている)、華人系企業と在地民 (タ
イ人や華人を問わず) からの寄付金のみで長期間運営されていることは大変注目する
べき事柄である。
 バンコク近隣のサムートプラカーン県の北欖養老院は、約50年前、潮州系華人経営
者の陳近寿氏の主導により設立された華人系高齢慈善機構 (養老院) である。北欖養
老院への入居条件については、第一に、65歳以上であること、第二に、家族や兄弟な
ど身寄りが一切存在しないこと、以上2つの条件が揃えば無料で入居可能である。
元々、身寄りのない華僑移民第一世代のために設立された養老院であるため、現在68
名の入居者の多くが老華僑であり、その他タイ人10名、インド系1名が入居している。
 北欖養老院の職員は6名であり、マネージャー等の役職は設置されていない (職員
は対等な関係である)。職員の年齢的構成は20代から60代までバランスが良く、一人
に過度な負担がかかることがない。また、夜間は老人入居者のリーダー的存在が夜勤
を行うなど、職員と入居者の関係は「介護する側とされる側」というような一方的関
係ではなく、相互扶助的関係が多く見受けられる。
 こうしたタイにおける潮州系華人の慈善活動の根底にあるのは、中国宋朝時代に実
在した高僧である宋大峰祖師の善行精神にある。大峰法師は、政和6年 (西暦1116年)
に福建から修行に出た後、広東の潮陽県和平里に向かって長く修行を行った。練江と
いう川を横切った際に、水の流れが急激なために、往来していた船舶は常に転覆の恐
れがあるように見えた。それゆえ、大峰法師は、「阿弥陀の精神と慈悲・救済の精
神」を持つことにより、民衆の厄を解くことを目的に、練江川で大橋を建造する決意
をしたのである。その後、民衆からお金や物を寄付することを勧誘し、自ら土地を観
測し精密に大橋を設計した。更には、原材料を調達し、建造に必要な技術師も招いた
のである。建炎元年 (西暦1127年) に工事が着工し、大橋の建造が始まったことによ
り、民衆は大きな利益を得ることができた。大峰法師の没後、当地官民は、大峰法師
の徳と恩に感銘し、大峰法師を祈念するために「報徳堂」が建立された。その後、大
峰法師は宋大峰祖師と呼ばれるようになった。  
 1896年、華僑の馬潤が、故郷の潮陽県から南渡タイのバンコク・チャイナタウンへ
宋大峰祖師金身塑像を持ち運び同地で供奉したことが、潮州系華人による慈善活動の
歴史的由来の始まりである。その後、1910年、華僑有志により「報徳堂 (現華僑報徳
善堂) 」が設立された。これを起源とする善堂はタイ各地に現在も存在し、華人のみ
ならずタイ人も積極的に寄付を行っている。今日、タイ経済の中心的な役割を担って
いる潮州系華人経営者の倫理功徳 (経営倫理) は、宋大峰祖師の「八つの倫理功徳
(忠、孝、仁、愛、禮、義、廉、耻)」に基づいたものである。
 北欖養老院は地域社会との幅広いネットワークを築いている。国立パクナム病院と
提携して無料で医療を提供しているほか、養老院施設の一部を博物館にすることを計
画するなど、地方自治体とも協力・連携して在地社会に貢献しようとしている。この
ような積極的姿勢は、日本の老人ホームが地域社会との関係構築を持つことに対する
消極的姿勢とは、極めて対照的である。
 北欖養老院は、①職員と老人入居者の間に相互扶助的関係が多く見受けられる、②
職員の年齢的バランスがとれている、③地域社会に貢献しようとする積極的姿勢が見
られる、といった特徴を持つ。これは、職員配置を極力抑えて薬の投与や検査を大量
に行う「収益重視型」の日本や欧米先進国における医療・福祉経営を再考する上で
も、大いに学ぶべき点があるのではないだろうか。

[質疑応答]
Q.華人系慈善団体の理念はタイ語でどのように表され、タイ人にどのように理解され
ているのか (弘末)?−A.華人系慈善団体の多くは、基本的にタイ語が使用されてお
り、仏教的理念 (儒教的理念) として理解されている。彼ら在地民の多くは、華人系
慈善団体の設立者が華人経営者有志であることを知っている。しかしながら、華人系
慈善団体は、在地社会に必要不可欠な存在であることを強く認識している。
Q.①養老院の入居費用及びその活動内容は?②建物を利用して博物館を開くとのこと
だが、入居希望者が多くないのか?③タイ人が寄付を行う理由は何か?④養老院での
言語は何か? (西廣) —A.①入居費用は全て無料である。老人介護以外の慈善活動は
あまりない (ただし、旧正月には老人入居者が外出し、地域住民と一緒に旧正月を祝
うことにより、地域社会との交流も深めている)。②タイではまだ老人は家族が自宅
で介護するという意識が強く、老人ホーム等における高齢化問題はそこまで深刻では
ない。③華人系慈善団体等を問わず、富めるものが貧しいものへ寄付を行うのは当然
の行為とタイではみなされている。タイ系の団体 (特に、欧米型マネジメントに基づ
く近年のNGOやNPO等) でも、中央政府や地方自治体、更には、海外助成団体等の補助
金や援助金へ完全に依存している団体は必ずしも人びとの信頼を得られていない。④
基本的にはタイ語であり、中国語しか使えない華人系慈善団体は稀である。
Q.①タイにおける老人介護の制度的な枠組みとその中での華人系慈善団体による介護
の位置づけは?②養老院経営はどのようなものか?③夜勤をしている、というだけで
は相互扶助とまではいえないのでは?④入居者の大多数が老華僑とするならば、地域
社会に貢献しているといえるのか?⑤職員はどのような人たちか? (桾沢) —A.①タ
イにおける老人介護等の法律について詳細は分からないが、現在制度改革の途上にあ
る。②養老院経営の詳細は不明だが、サムートプラカーン県における、ローカル華人
系企業北欖養老院執行委員10名を基幹とした、大口の寄付金提供による安定した資金
源を持っている。③介護者と被介護者という明確な区別が存在しないという意味で相
互扶助という言葉を使用した。④比率は小さいがタイ人入居者もおり、今後増える可
能性がある。⑤全職員が、在地の潮州系華人である。
Q.職員の給与水準はどの程度か、どのようにして人材養成されているのか (國谷) ?
−A.給与水準は公務員と同程度で、恵まれているわけではない。人材養成は必要に応
じて、病院、看護学校などすべて潮州系の慈善組織で賄うことが可能である。
Q.福建や広東系の団体はあるのか。宋大峰祖師を祀るというのは、潮州系華人のシン
ボルとしてなのか (奈良) ?—A.潮州系以外は慈善団体の数自体が少ないので、団体
数も多くはない。宋大峰祖師は、多様な守護神が存在する中でも、潮州系華人にとっ
てシンボル的な存在であり、タイにおける潮州系華人のアイデンティティ (精神的支
柱) の中心でもある。
(文責:坪井祐司(東京大学大学院))

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連絡先:関東地区例会委員 國谷徹

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