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東南アジア史学会関東部会4月例会のご案内

会員各位

関東部会4月例会のご案内をお送りいたします。
皆様のご参加をお待ちしています。
前回のお知らせには報告要旨がございませんでしたので、ここもと改めてお送りいたします。

日時: 4月22日(土)午後2時30分より
会場: 東京大学
赤門総合研究棟 8階
    849号教室
本郷の東京大学の赤門を入ってすぐ右手の建物が赤門総合研究棟です。
  そこのロビーを入り、左奥のエレベータで8階にお上がり下さい。
報告 :井上さゆり(日本学術振興会特別研究員(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所))
題名 :「18-19世紀におけるビルマ「伝統歌謡」の形成 ―歌謡集編集と作品の分析を通して-」


参加費:一般200円、学生100円

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連絡先 関東地区委員 奈良修一

報告要旨
井上さゆり
18-19世紀におけるビルマ「伝統歌謡」の形成 −歌謡集編集と作品の分析を通して−

目的:本報告の目的は、現在、政府主導のもとにビルマの「伝統歌謡」として再構築が進められている芸能の一つである「大歌謡(タチンジー)」の枠組みについて、この枠組みが最初に出来上がった時代として、コンバウン時代(1772-1885)にさかのぼり、とりわけウー・サ(1766-1855)という音楽家の創作活動に着目することによって、枠組みの「起源」を解明することである。
 現在、様々な儀式や祭事で必ず登場する「大歌謡」は、王朝時代に宮廷を中心として発達してきたと言われている、ビルマ語による歌謡である。これが、現政権によっても「伝統」として認められ、特に90年代以降になってから、この「伝統」歌謡を教育する文化大学がヤンゴン、マンダレー両都市に設立され、政府主催の芸能コンクールが盛大に行われるなど、ビルマの「伝統歌謡」としての地位を確立している。
 90年代に限らず、ビルマが植民地となって以降、愛国主義者や政府によって「伝統」芸能が保護されてきたことが従来指摘されてきた。しかし、何から「伝統」が作られたのかは指摘されておらず、「伝統」作品のリストがいかに形を成してきたかについても分析されていない。本報告では、(1)歌謡集の編集について分析することによって、これまで近代以降政府によって行われたとされる歌謡の保存、「伝統」歌謡の再構築が、コンバウン時代にほぼその「伝統」の範囲を定められていたことを指摘する。さらに、 (2)歌謡集に掲載された作品の分析から、ウー・サが現在の「大歌謡」の枠組みをほぼ作り上げたことを論じる。

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