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2005年11月関東地区例会報告要旨

会員各位

2005年11月の関東地区例会の報告要旨をお届けいたします。


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東南アジア史学会関東地区11月例会
2005年11月26日(土)
於:東京大学赤門総合研究棟849号教室
参加者:8名
報告者:新井和広(東京外国語大学非常勤研究員)
題目:「ある飢饉の記録:南アラビア・ハドラマウト地方と日本による東南アジア占
領」
コメント:生田滋(大東文化大学)


[報告要旨]
 南アラビアのハドラマウト地方では1943-44年に飢饉が起こり、住民の相当数が餓
死した。本報告は、その歴史的背景を、特にインド洋海域との関係に着目して考察す
るものである。
 ハドラマウトは現イエメン共和国の東部に位置する。地域的には南部沿岸部、内陸
のワーディー(涸れ谷)、高地の三つに分けられ、内陸部はカスィーリー王国、沿岸
部はクアイティー王国が支配していた。全体としては貧しい地域であり、歴史的に余
剰人口を移民として送り出すことで社会を維持してきた。17世紀以降東南アジア(イ
ンドネシア、マレーシア、シンガポール、南部フィリピン)、インド、東アフリカな
どへの移民が徐々に活発化し、スエズ運河の開通以降さらに移民は増加した。
 東南アジアのアラブ系住民の大部分はハドラマウト出身者(ハドラミー)である。
ハドラミーは近年移民ディアスポラとして注目を集めているものの、本格的な研究が
始まったのは1990年代からであり、十分に研究されているとはいえない。日本軍政期
に関しては、ハドラミーの歴史研究においても東南アジアの日本軍政期研究において
も扱われていない。本報告は、1937年以降に現れるイギリスの諜報関係の史料を利用
して当時の社会状況を明らかにすることを試みる。
 ハドラマウトから東南アジアへの移民は18世紀以降盛んになったが、主に内陸部
ワーディー出身者が多く、現地では商業と宗教活動で名を成した。ポンティアナ、シ
アク、プルリスといった地域の王家はハドラミーの出自である。ほかにもハドラミー
はムフティーやウラマーといったイスラーム知識人、政治家、実業家、学者などを輩
出している。
 19世紀後半以降のハドラマウト経済を支えていたのは主に東南アジア在住者をはじ
めとするハドラミー移民からの送金であった。有力な一族による送金は多額であり、
それらは道路建設などのインフラ整備や部族抗争のための武器購入にも使われた。ア
デンの治安に関心を持つイギリスは1910年代後半以降後背地ハドラマウトで「反英」
とみられる人物の資金の流れを記録していた。イギリス当局が把握したその送金方法
とは、ハドラミーがバタヴィアでボンベイにも支店を持つ銀行の手形を購入し、それ
をアデンに運んでボンベイから来ている商人に売却し、現金もしくはその金で購入し
た商品をハドラマウトに送るというものだった。
 しかし、第二次大戦により東南アジアの大部分が日本により占領されたため、東南
アジアからハドラマウトへの送金は完全に停止された。ハドラマウトでは貨幣不足に
おちいり、物価が上昇した。そこに天候不順による凶作が起こったが、戦争のため食
糧輸入は困難であり、さらに内陸部では旱魃のためラクダが死亡したために輸送手段
も不足した。現金不足のため富裕層が疲弊して農業労働者を雇えなくなり、土地なし
層が困窮した。彼らは東アフリカ、エチオピアなど他の移住先を探ったものの戦争の
ために拒否された。そのため、イギリスによる資金の融資や食糧供給はあったもの
の、結局大量の餓死者が出た。日本の軍政当局がこの状況を把握していたかは定かで
ないが、日本の占領がハドラマウトに与えた影響は大きかった。
 第二次大戦後になると、インド洋沿岸地域に次々と国民国家が成立したことで移民
の国籍が厳しく問われるようになり、新たな移住が困難になって移民のメカニズムが
崩れた。新しく成立した政府の政策により海外送金は困難となり、東南アジアからハ
ドラマウトへの資金の流れも途絶した。その結果、ハドラミーの移住先は東南アジア
からアラビア半島の国々へと移った。第二次大戦はハドラミー移民の転機となった時
期であるといえる。
 第二次大戦は、ハドラミーのネットワークから見ると、東南アジアが他のインド洋
沿岸地域から切り離された時期である。東南アジアがインド洋世界の一部であること
を考えれば、日本軍政期研究は東南アジアのみならずインド洋地域にまで視点を広げ
る必要がある。

[コメントおよび質疑応答]
コメント(生田滋):東南アジア研究者から見ると、アラブ系移民を受け入れ側から
でなくハドラミーの視点からみた研究は新鮮であり、日本の占領による思わぬ影響が
見られたという点は興味深い。ハドラミーの移住範囲は16世紀のポルトガル人、その
後のオマーン人の活動範囲と重なっている。以下質問Q.東南アジアにおけるハドラ
ミーはイスラーム改革運動における役割が指摘されるが、イスラーム教育における役
割は?−A.ハドラミーは学校の設立など東南アジアのイスラーム教育の近代化に貢献
したと自負している。Q.アラブ人は故郷に帰る際現地生まれの妻子を連れて帰るとい
うが、妻子は本国でどのような地位にあるのか?−A.現地では混血者は区別されてお
り、完全に同化はしていない。帰国した第一世代が亡くなると、二世は母国に帰って
しまう例もある。Q.東南アジアの彼らの商業活動はどのようなものか?−A.移住当初
は親族のもとで働き、やがて土地を買ってその賃料収入を送金にあてるのが一般的。
Q.17、18世紀はイエメンからコーヒーが輸出されていたが、ハドラマウトではどうか
?—A.特産品は乳香であり、コーヒーは出ていない。—コーヒーは産地がエチオピア
であり、オスマン朝は交易港を限定していたのでイエメンは関係が薄い(奈良)。Q.
ヨーロッパやトルコにはいかなかったのか?−A.ヨーロッパへは東南アジアへの移民
の子孫である三世、四世が行っている。Q.インドからの送金は?−A.送金はあったも
のの、東南アジアと比べ額は小さかった。
Q.東南アジア史の観点からはどのようなことがいえるのか。ハドラミーが集中した地
域は限られており、「東南アジア」としてよいのか、ハドラミーの側に東南アジアと
いう意識はあったのか(川島)?−A.ハドラミーはシンガポール、ジャワが大半だ
が、ハドラミーがいた地域のなかで日本が占領した地域として東南アジアという語を
使っている。彼らは東南アジアを「ジャワ」と呼んでおり、英文史料ではIndiesであ
る。—送金に関してはまとまった量のデータが必要では。ディアスポラ研究とするな
ら、移民社会、ネットワークを総合的に見るべきであり、東南アジアのハドラミーに
関する言及(東南アジアの域内交易など)が必要ではないか(川島)。
Q.(史料に関して)日本軍関係の資料はあるのか(川島)?−A.現在あたっていると
ころである。Q.新聞や協会組織はあったのか(生田)?−A.(ハドラマウトでは)
1930年代に手書きの新聞があらわれるが、軍政期にはない。協会はいくつかあった。
Q.現地史料(日記、家計簿、書簡など)は存在するか(川島)?−A.あまりない。
Q.(送金のプロセスについて)部族の単位で行われたのか(坪井)?−A.個人が親
族、友人に送ったもので、個人的なネットワークによる。−Q. 二世、三世など世代
が下った人々が送金する動機はどのようなものか(左右田)?−A. その場合ハドラ
マウトとの間に人的交流があるかどうかが重要。−Q.送金が止まる前後でどのような
変化があったのか(生田)?−A.移民に頼る構造に変化はなかったが、移住先がアラ
ビア半島へと変わった。
Q.日本軍はアラブ人のネットワークを利用しなかったのか(國谷)?−A.日本軍は原
住民と外来のムスリムを分けて後者を低く見ており、利用はしていない。
Q.ハドラマウトのイスラームはどのようなものか(奈良)?−A.スンニのシャーフィ
イー派で、ムハンマドの子孫であるサイイドが重要な役割を果たした。彼らのイス
ラームはスーフィズムの要素が強い。ただし、現在のインドネシアのイスラーム急進
派にはアラブ系も多いが、彼らの大部分はサイイドではない人びとである。
・世界的に1920年代は好況であるが30年代に入ると不況になる。20年代には東南アジ
ア諸地域の貨幣価値が上昇しており、送金の意味が増していたのではないか(笹
川)。
Q.移民数を統計化はできるのか(左右田)?−A.大多数は現地生まれだが、統計的な
情報はない。−インド系、中国系移民との比較ができると面白いのではないか(左右
田)。Q.華人のような家系図を持つのか(奈良)?−A.サイイドの場合はムハンマド
まで遡る一つの系図が作られているが、その全容は公開されていない。
(文責:坪井祐司)

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連絡先:関東地区例会委員 國谷徹

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