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13/07/01/3

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*コードの脱中心化
今自分がしているのは“読む”“解釈”“批評”の三段階のうち、どの段階にあたるのかを意識する事が重要

*ロラン・バルト
フランスの思想家

構造主義→ポスト構造主義への思想の変化を起こした

**バルトの思考の推移
批評理論が辿ったものに近い
-フォルマリズム、文字通りの意味/言外の意味
-構造主義 システムかシンタグムか
低い
高い  山 が ある。←シンタグム
険しい
     ↑
システム
-作者の死 作者の意図した構造に沿って作品を解釈するのではなく、読者が自由に作品を読み解く

**ポスト構造主義者としてのバルト
-物語の読解に使われるコードは、個々人によって違う
-言葉と意味は必ずしも一定ではない
-二項対立の発見は虚しい


*コンテクスト P112-
-コミュニケーション:指示
-文学:拝啓(時代感覚は地域情報)
-観光:地域情報

*間テクスト性 P124-
インターカルチュアリティ
-あらゆるテクストは他のテクストを吸収し変形する(クリステヴァ)
-作者は作品の中で、先行作品を意識的あるいは無意識的にほのめかす
-言語は慣習的な体系連想の束(ソシュール)
一つの言葉からどの言葉を連想するかは慣習によるもの。連想が起こるのは、それを経験したことがあるから。知らないことはわからないが、知っていることはわかる。作品が解釈できるのは、前に読んだテクストや経験と照らし合わせているから。どの経験と照らし合わせるかを決めるのも連想の束によるもの。複雑な内容を理解できるのは間テクスト性のため。

*テクストの空白 P132-
空白をどのように読むか←いろんな解釈がされている
**読者論的な見方
読者とは何か
:イーザー:作者が作品を書くときに想像した読者の人物像と、実際の読者は違う。
:ヤウス:書いてある内容を理解するための枠組みとは何か。読者側にどんな枠組みがあるかによって、作者の意図が伝わったり伝わらなかったりする。
:フィッシュ:同じ言語をもつ国が複数あっても、その文化圏によって解釈共同体は異なる。
:リファテール:日常の指示言語と詩的メッセージ言語の違い。日常指示語的な要素の中に詩的メッセージがあると、つい惹きつけられる。

-テクストの意味は、読者とテクストの相互作用によって進行
-空白は読者が巻き込まれるきっかけ

**精神分析批評的な空白の見方
空白は、読者の巻き込まれるきっかけでなく、無意識の表象(“言い違い”には論拠がある。)

空白は、巻き込まれるきっかけ

*フロイト
-オーストリアの精神分析学者
-精神医学や臨床心理学の基礎となり、20世紀以降の文学芸術分析に広く深く影響
-意識/無意識を発見した(写真を見て、撮影者を意識すること)

**フロイトの主張
成長する/しなければならない動物‐人間
-子どもを大人にするメカニズムが知りたい
-エディックス・コンプレックス(写メ)

**無意識を読むには記号が必要
-◎アイコン(類像):メトニミー-換喩:たこ焼き~写真
部分で全体を置き換える
-◎シンボル(象徴):メタファー-隠喩:目玉焼き~記号
似ても似つかなくても、文化的につながっていればよい
-インデックス(指標):-表示
煙は火事の指標になる

*ユング
解釈共同体や国民性について

*ラカン
フロイト+ソシュール

物語が理解できないことや無意識は、差異の体系

無意識もメトニミーである

**ラカンの主張
人間が成長する中で色んな歪みを抱えるもとは、言葉だ。
-いつまで経っても「本質」にたどり着けない
-たらいまわしされるばかり
-「構造」があるだけ
人間は言葉を使わないと成長できない。言葉は差異の体系なので暗記するしかない。「何でこれがスクリーンなのか」等の疑問をもってもなかなか解答を得られないため、無意識に欲望が重なってくる。

**ラカン的図式
-鏡像段階(想像界)
幼児は鏡の自分を見つめることで自己イメージを発見する。自他の区別がつかない。
-周囲との差異や類似に気付いた状態(妄想界)
今あるものと周りにあるものの類似に気付くことを「妄想」という。
-自分というものと無意識が一致しないまま、自分の中にある混沌としたものを表現するに言語を受け入れた結果、欠如が滞留した状態(現実界)
言語は無意識の欲望を表明するためのものだが、メトニミー的で、絶えず言い足りない。