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12/06/18/3

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*交流文学論<第09回>
*交流文学論<第10回>

*言語と革命
-クリステヴァ(1941-)
--あまりかのフェミニズム文学批判のパイオニア
-主体とは何か
--神~理性~無意識
-どこが「革命」か
--男尊女卑という安定関係の破壊
--父権性

*精神分析批評
-フロイト的解釈
-ユング的解釈
-ラカン的解釈

*フロイト
-ジークムント・フロイト(1856-1939)
-オーストリアの精神学者

*成長する/しなければならない動物ー人間
-子供を大人を大人にするメカニズム
-エディプス・コンプレックス
--ジェンダー批評家からの異論

*エディプス・コンプレックス
-母親に対する近親相姦的欲望と父親憎悪

*ラカン
-ジャック・ラカン(1901-1981)
--フランスの精神科医、哲学者、精神分析家
--フロイト+ソシュール
--無意識も差異の体系

*メタファーとメトミニー
-メタファー(隠喩)は等価でわかりやすく、語ることができ。満足しやすい(誘惑)
-メトニミー(換喩)はメタファーに隠れがち

*無意識もメトニミー
-言語は差異の体系(ソシュール)
--いつまで経っても「本質」にたどりつけない
--たらいまわしされるばかり
--「構造」があるだけ

*想像界、象徴界、現実界
-用事も発達初期段階で自他の区別がつかない状態(想像界):必然
--幼児が鏡の自分をみつめて「鏡像段階」による自己イメージ発見
-周囲との差異、類似に気付いた状態(象徴買い):妄想
-自我と無意識のはざまで、言語という記号表現を受け入れた結果、欠如が停留した状態(現実界):混沌

*ラカンの欲望
-言語はメトニミー的たらいまわし
-欲望はこうしたぴったりしないという「欠如」から生まれる
-言語とは
--存在を空虚にし欲望へと買えるもの

*なぜラカンか
-フロイトの「父」からラカンの「母」へ
-※女性差別の先入主をさぐるフェミニズム
-ラカンの言葉
--“ラカン主義者になるのは勝手、でも私はフロイト主義者”

*ジャック・デリダ(1930-2004)
-アルジェリア生まれのユダヤ系フランス人哲学者
-現象学(5章)から出発し、脱構築(ディ・コンストラクション)へ
--ポスト構造と同義

*中心や保証はない
-西洋思想は中心原理に頼ってきた
--存在、本質、、、
-体系内のどちらかの極しかない
-西洋思想に共通する言語の優劣
--話し言葉/書き言葉
-しかし、話し言葉はすでに書かれている

*書き言葉の特性
-反復されうる
-読みうる
-空間どりに従う
--他の記号と切り離されている
--指示対象から切り離されている

*言語行為論と観光
-観光体験によって促されるもの
--事実確認的結果(constative)
--「これはこういうものだ」「このような事実がある」
--行為遂行(performative)的結果
--「こうせよと促す、唆す」「真実としんじさせる」
--観光という言語によって行為遂行しているといえないか?

*読者中心の理論
-テクストが何を意味しているかではなく、テクストが読者の心にどのように働きかけるか
--「読む」には読者が要る
-観光研究との親和性の高さ
--旅行者が観光地をどのように感じるか

*読者の「経験」
-テクストの意味は読者の経験
-印象、読後感ではない
-テクストによって誘発される反応すべて
-むしろ独語の整理された解釈と異なる
-※それらの反応をすべて人に伝えることは不可能

*テクストと意味
-テクストが自立して存在することへの批判
-テクストに意味が内在し、読者がそれを取りだすという手順ではない
-作者の意図は意味を止める「釘」ではない

*読者の経験の内容
-ある程度確実な予測
-予測の的中
-予測のはずれ
-テクストに登場する人、事物への気持ち
-そうした気持ちの修正、疑問

*構造の網の目
-テクストには読者を導く構造の網の目が張り巡らされている
-網の目は「選択」と「結合」でできている
--選択、結合されるのは慣習、規範、伝統など
-読者は網の目をたどって意味構成を行う
-最後に読者の中に一貫した意味が浮上
--=テクストの意味

*意味の形成過程
-読者とテクストの相互作用によって進行
-読者をテクストに巻き込んでいくきっかけ
--空白(切り替え部分)
--不確定性(と修正)
-いずれも読者によって異なる

*反応から解釈へ
-反応を言語化することによって解釈が生まれる
-読者は自分の属する時代、コード、慣習、経験を結びつけて解釈する
--コード:文学ジャンルや伝統

*解釈共同体
-テクストの意味が読者個々人にあるのに、どうして同じような解釈が出てくるのか?
--理想の読者とは
-個々の読みと解釈は、特定の共同体の中で行われる
-個人に先行する複数の共同体の存在