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11/07/18/5

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*活動報告
**富士登山
初のデイハイク。ナイトハイクより、精神的に楽。頂上で御来光を見られる。
ツアー利用者も多い。
**国内合宿
JR新宿西口センタービル前 集合
**海外合宿 
参加者計6名の旅費振り込み完了。(値段は当初予定と変わらず)
**倍音バー
モンゴルの伝統楽器、馬頭琴などの演奏が聴ける。
7月28日or29日 17:00以降
*購読
**マラッカの観光化とポルトガル系住民の苦悩
1、はじめに
-エスニック・マイノリティの生き残りへの意味
   事例:マレーシア マラッカ市のポルトガル系住民
マラッカの観光化とポルトガル系住民の苦悩 p164~179 (担当:森田彩)
**1、はじめに
--・エスニック・マイノリティの生き残りへの意味 事例:マレーシア マラッカ市のポルトガル系住民
--・その他1.3%(オランダ系・ポルトガル系・・・ユーラシアン)
--・ユーラシアンとマレー人との通婚→民族文化の混交
--・多様な民族や、文化観光←→政府はマレー文化・マレー語・マレー人による国家目指す
**2、マラッカへの民族移住の歴史と多様な文化
--(1)マラッカの植民地化
・外部社会と接触を始めた歴史
--(2)マラッカの多民族性
・多民族出身者の共存             
--(3)マラッカの多民族・多文化性と観光
・主要産業のひとつである観光
・多様な観光スポット
・世界遺産リストへの登録

・その他1.3%(オランダ系・ポルトガル系・・・ユーラシアン)

・ユーラシアンとマレー人との通婚→民族文化の混交

・多様な民族や、文化観光←→
  政府はマレー文化・マレー語・マレー人による国家目指す

  

2、マラッカへの民族移住の歴史と
多様な文化(1/2)
(1)マラッカの植民地化
 ・外部社会と接触を始めた歴史
    インドネシア王子と住民の移住
    →活発な海運交易→植民地支配

(2)マラッカの多民族性
  ・多民族出身者の共存 
     ブミプトラ、華人、インド人、その他
     マレー系、華人系プラナカン、インド系チッティ
            
2、マラッカへの民族移住の歴史と
多様な文化(2/2)
(3)マラッカの多民族・多文化性と観光
 ・主要産業のひとつである観光
   ヨーロッパの影響と、アジアの歴史の混在するマラッカ
 ・多様な観光スポット
   華人系(ブキット・チナ、中華街)
   ポルトガル系(ポルタ・デ・サンチャゴ砦、ポルトガル人村)
   オランダ系(セントピーター教会)
 ・世界遺産リストへの登録

3、ポルトガル人村の成り立ちと特徴(1/2)
(1)貧しい漁師のためのポルトガル人村の建設
**3、ポルトガル人村の成り立ちと特徴(1/2)
--(1)貧しい漁師のためのポルトガル人村の建設
 ・海岸沿い、一軒に複数世帯での生活、漁業への従事
 ・ポルトガル人文化とアイデンティティの衰退・消滅を防ぐため
  に建設された
 ・一般市民の寄付と政府の基金→自由保有地 
 ・州政府による官有地宣言による、村の侵食

(2)村落委員会と民族政治の問題
--(2)村落委員会と民族政治の問題
  ・政府の傀儡であるJKKKのレジドー
  ・ポルトガル村の観光地化 →子供の遊び場の消滅
                     JKKKへの収入 

3、ポルトガル人村の成り立ちと特徴(2/2)
(3)サンペドロの祭りとポルトガル人広場
--(3)サンペドロの祭りとポルトガル人広場
  ・貧しい漁師への賞金、アイデンティティ強化
  ・雇用の創出
  ⇒しかし・・・一部のポルトガル人のみの利益。
         観光客にとっての村と、住民にとっての村の乖離
(4)村のいくつかの組織と貧困救済策
--(4)村のいくつかの組織と貧困救済策
  ・貧困者を救済するための自助組織
    ex)老人会・・・住民の福祉
      マラッカ・ポルトガル人村葬儀協会・・・遺族に香典 
4、変容するポルトガル人の伝統
   :創られる伝統、そしてアイデンティティ
・「伝統」的踊り
  ポルトガル人女性の欠落→踊り・歌の伝統変容
・観光客との交流→アイデンティティの模索
・1960年代、民族音楽と踊りの復元
  ‣復元されたもの、新たな伝統
   ‣「ニセモノ」「ホンモノ」 
・失われるクリスタン(ポルトガル語) 
   言語・宗教・芸能が一体になっていた伝統は、変容。 
5、行政指導によって進められる観光化と
  ポルトガル人の苦悩(1/2)
(1)マラッカの観光地化と埋め立て事業
**4、変容するポルトガル人の伝統:創られる伝統、そしてアイデンティティ
--・「伝統」的踊り ポルトガル人女性の欠落→踊り・歌の伝統変容
--・観光客との交流→アイデンティティの模索
--・1960年代、民族音楽と踊りの復元
--・失われるクリスタン(ポルトガル語) 言語・宗教・芸能が一体になっていた伝統は、変容。 
**5、行政指導によって進められる観光化とポルトガル人の苦悩
--(1)マラッカの観光地化と埋め立て事業
  ・多数の宿泊観光客向きにするため、沿岸部の埋め立て
   ・沿岸部のマングローブ林の喪失
    →伝統的生業である漁業への影響

(2)観光開発に伴う埋め立てと漁民の困窮化
--(2)観光開発に伴う埋め立てと漁民の困窮化
  ・「文化遺産の保存と保護条例」、「博物館保存条例」
    →州政府による観光開発
  ・埋め立てへの、反対デモ
  ・外部の中国系やマレー系による、ポルトガル人への又貸し
5、行政指導によって進められる観光化と
  ポルトガル人の苦悩(2/2)
(2)漁民の困窮化
  ・リスボン・ホテル  ポルトガル人の不参加
  ・初期の目的:漁師への救済
       現状:ますます困窮している

(3)観光化の進展とポルトガル人と州政府のせめぎあい
  ・初期の目的:漁師への救済 現状:ますます困窮している
--(3)観光化の進展とポルトガル人と州政府のせめぎあい
  ・ポルトガル人村を遺産村へ。観光化推進のため。
  ・観光化にとって魅力的な、多様な民族文化
    ←→国が目指すマレー人による国民国家
6、ブミプトラの位置づけの
承認要求と政治
(1)ポルトガル人だが、ブミプトラ人でもある
  ・観光化にとって魅力的な、多様な民族文化←→国が目指すマレー人による国民国家
**6、ブミプトラの位置づけの承認要求と政治
--(1)ポルトガル人だが、ブミプトラ人でもある
  ・エスニック・マイノリティ、「その他」住民
  ・ 宗教の違い

(2)リスボン・ホテルとポルトガル人
  ・ポルトガルのイメージを使ったホテル
    ポルトガル人従業員は2名のみ。
--(2)リスボン・ホテルとポルトガル人
  ・ポルトガルのイメージを使ったホテル。ポルトガル人従業員は2名のみ。
  ・観光客を媒体とした伝統の存続
  ・世代交代により、ポルトガル人アイデンティティ弱まる
   生き残りの難しさ。
7、おわりに:まとまらなければ生き残りは難しい?
ポルトガル文化、アイデンティティの衰退

観光地化:ポルトガル人であることの自覚
        以上に何ももたらさない
 ∵政府が「ポルトガル人」イメージを利用している

・生き残るためには?
   リーダーの登場と、人物への結集
   政府への粘り強い交渉
・「文化のパラドクス」経験してからでは遅い
**7、おわりに:まとまらなければ生き残りは難しい?
--ポルトガル文化、アイデンティティの衰退
--観光地化:ポルトガル人であることの自覚以上に何ももたらさない∵政府が「ポルトガル人」イメージを利用している
--・生き残るためには? リーダーの登場と、人物への結集。政府への粘り強い交渉。
--・「文化のパラドクス」経験してからでは遅い